連日報道されている、父親による虐待で10歳の栗原心愛さんが亡くなった野田市の虐待死亡事件。
あまりにも悲しい事件に胸が苦しくなりますが、その後次々と明らかになったあまりにもひどすぎる行政の対応に怒りを抑えられません。
2017年11月に「お父さん怖い。背中や首をたたく。顔をグーで殴られる」と本人から訴えがあり児童相談所が一時保護したにもかかわらず、12月27日にはなぜ一時保護を解除してしまったのか。
父親は一時保護中の8回に渡る児相との面談で虐待の事実を最後まで認めませんでした。しかし県からの聞き取りによれば、同じ時期に母親は父親からDVを受けていたことを訴えていました。
にもかかわらず、12月27日に親族宅から登校することを条件に保護解除を認め、年が明けて2018年2月26日には親族宅に来た父親が「自宅に連れて帰る」と話し、児相も了承してしまいます。
その間の1月17日には児相職員が親族宅を訪問しますが、親族から「お父さん怖くないでしょ?」と心愛さんに話が振られ、「うん」と答えたことを聞いています。これが親子間の関係改善が進んでいるという判断につながっていきます。
ところが報道されているようにその直前の1月15日には、最初に心愛さんが虐待を訴えた学校のアンケートのコピーが父親に渡されます。父親が「暴力などやっていない」「訴訟を起こす」と訴えてきたことに野田市の教育委員会が屈してしまったのです。
勇気を出してアンケートで虐待を訴えたのに、それが最も恐れている父親に渡されてしまうのですから心愛さんはもう誰も信じられなくなったでしょう。心愛さんが自宅に戻ったあとの3月19日に児相職員が学校を訪問して心愛さんと面談しますが、父親からの暴力は大丈夫かという問いに対して心愛さんは「大丈夫な感じ」と答えたといいます。
2014年の市原市での虐待死亡事件を受けた県の検証報告書(第4次答申)では、「家庭復帰の際には、復帰する家族全体の生活歴等を詳細に把握する」「背景にDVが存在する場合には母単独での面接により、状況を正確に把握する」などの改善策が示されていますが、これらが教訓として生かされた形跡は見られません。
報道のように、その後児相も学校も一度も家庭訪問をしていません。そして2019年に入ってから、学校を長期欠席しているのに心愛さんの状況は確認されず、1月24日に心愛さんは亡くなります。父親が話していた「母親の実家である沖縄にいる」という欠席理由も嘘だったことが明らかになっています。
千葉県の児童虐待対応マニュアルでは、在宅復帰にあたっては「在宅における援助で第一に援助すべきことは虐待の再発予防である」と指摘し、在宅指導の条件として「保護者が定期的に相談機関に出向くか、…児童相談所職員等の、援助機関の訪問を受け入れる姿勢がある」ことをあげています。
また在宅による援助の留意点では、「在宅による援助ケースと判断した場合でも、子どもや家庭の状況は日々刻々変化するものであると認識することが必要」「保護者があれこれと理由をつけて子どもに会わせないなどして、関係する機関が子どもの状態を直接把握できない事態が続く場合は、悪い兆候として捉え、強制的な介入を検討しなければならないという視点が必要である」と指摘しています。こうしたマニュアルがあったのに、今回のケースでこれらの指摘が生かされたとはとても言えません。
学校など関係機関との情報共有も図られず、児相は「DVなど潜在的なリスクがあった」と認めていますが、学校は「(長期休みについて)今回も元気に登校してくると信じていた」と話すなどそのリスクも共有されていませんでした。
心愛さんは救わなければならなかったし、児相をはじめとする関係機関が本来の役割を果たしていれば救えた命でした。
急増する児童虐待の対応件数を前にして現場は本当に大変な状況になっていると思いますが、「だからしかたなかった」では絶対に済ますわけにいきません。
千葉県では児童相談所が関わっていながら死亡に至ってしまった虐待事件が繰り返されています。そのたびに再発防止が言われ、改善策が出されますが、それらが生きたものとなるには今までのやり方を抜本的に見直さなければなりません。もちろん児相の人員体制の抜本的拡充や専門性の向上が不可欠なのは言うまでもないことです。
二度とこうした事件を繰り返さないために。引き続き考えていきたいと思います。