新検見川駅南口で中村きみえ市議と朝の駅頭宣伝を行ったあと、今日もさつきが丘の朝市宣伝でもりた真弓市議と訴えました。毎週金曜日の宣伝は選挙後も継続しています。海浜病院の存続と充実を求める署名にも反応がありました。


そのあと午前中は千葉県社保協国保部会の会議、そして午後は治安維持法国賠同盟千葉市支部の総会でした。


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国賠同盟千葉市支部総会で「自由はこうして奪われた」を視聴する参加者


2016年4月に結成された千葉市支部も早3年、4回目の総会になりました。まず最初に昨年、NHK・Eテレで放映された「自由はこうして奪われた~10万人の記録でたどる治安維持法の軌跡」を上映しました。


1925年に制定された治安維持法は1928年に検挙者数が前年比100倍以上と一気に増加。その年の3月15日に共産党員を全国で一斉に検挙した「三・一五事件」も起こります。


それからの5年間だけで検挙者数は約1万4000人に上り一気にピークを迎えます。その背景には1928年の法改悪で最高刑が死刑になるとともに「目的遂行罪」が追加されたことにありました。


当初の目的である共産党員の弾圧にとどまらず、「国体変革」などの目的を遂行しようとしていると見なせば罪に問うことができるようにしたのです。大きな役割を果たしたのが特別高等警察(特高)でした。


長野県で労働組合の勉強会に参加しただけの青年教師が「目的遂行罪」で検挙された「二・四事件」や、冬の寒さのなか子どもたちが登校する様子を絵に描いただけで「資本主義を批判している」と検挙された「生活図画事件」など、治安維持法は対象を大きく拡大し一般市民を巻き込んでいきます。「共産党などまったく知らない」と言っても凄絶な拷問で自白を強要され、それが裁判の証拠として採用されました。当時14歳の女の子にまでひどい拷問が行われていました。


こうした治安維持法が現在の日本国憲法とは両立しえない最悪の弾圧法であることは間違いありません。ところが2017年6月、当時の金田勝年法務大臣は「治安維持法は当時適法に制定されたもの」「謝罪及び実態調査の必要もない」と言い放ちました。戦前の暗黒社会を美化する安倍政権の危険性が象徴的に表れている発言です。


NHKでよくこうした番組が制作されたものです。ぜひ若い人に見てもらいたい。


その後、佐々木ゆうき事務局次長(前市議)の司会で議事が進み、来賓として県同盟の中村事務局長や国民救援会県本部の鷲尾会長があいさつ。


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あいさつする寺尾さとしと佐々木事務局次長、小松事務局長


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活動報告と方針提起を行う小松事務局長


私も支部長として先日の国会請願行動の様子や幕張メッセでの武器見本市開催中止を求める運動を紹介しながら、若いみなさんに運動を広げていく決意を込めてあいさつしました。


小松実事務局長から活動方針が提案され、会計報告、人事の提案と続きました。役員体制では引き続き私が支部長を担うことになり、新たにHさん、Mさんが役員として事務局と会計監査に加わることになりました。


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玉川寛治さん


また千葉県ゆかりの戦前の女性活動家である飯島喜美の評伝を書き終えたばかりの玉川寛治さんも参加し、発言しました。玉川さんは飯島喜美が働いていた東京モスリンの後輩に当たります。玉川さんの著書「女工哀史を超えた紡績女工~飯島喜美の不屈の青春」は近日発売予定です。小松さんも序文を書いています。ぜひ多くのみなさんに普及したいと思います。


国賠署名をはじめ千葉市支部の運動をさらに発展させていくために引き続きがんばります。参加してくださったみなさん、どうもありがとうございました。