3月11日。東日本大震災と福島第一原発事故から7周年の今日は旭市で行われた千葉県・旭市合同追悼式に参加しました。


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太平洋に面した旭市は大津波によって死者14人、行方不明者2人という甚大な被害に見舞われました。追悼式ではあさひ少年少女合唱団による「ふるさと」「瑠璃色の地球」などの合唱や、旭市の震災の記憶を語り継ぎイベントや防災パンフレット配布などの活動を行う「トリプルアイプロジェクト」の方からの発言もありました。


午後2時46分に黙とうし、7年前のことを思い出しました。


旭市には震災直後と1年ほどたった後の2012年にたびたびボランティアで訪れました。学生たちといっしょに仮設住宅の集会所で炊き出しをしたり、ビンゴ大会や音楽コンサート、フリーマーケットなども行いました。夏に行った時には流しそうめんやスイカ割りなども。


現在は仮設住宅はなくなり、被災者は再建した自宅や復興支援住宅などに移っていますが、震災前の生活に戻れているかといえば疑問です。医療などでも満足な支援が受けられず、劣悪な仮設住宅で寒さや湿気に苦しんでいた方から、「年寄りは早く死ねってことだね」という言葉をかけられたことが今でも忘れられません。


いまだに避難生活を送る方は7万人以上、そのうち仮設住宅に暮らす方は38500人です。福島県ではいまだに5万人が避難を強いられています。「復興は進んだ」などと言って支援策の打ち切りを進め、福島への帰還を迫る安倍政権は、まるで震災と原発事故などなかったものにしようとしているかのようです。


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会場前では旭農業高校の生徒による復興支援プロジェクトも

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津波の被害を受けたかつての国民宿舎・いいおか荘も「いいおか潮騒ホテル」として営業していました


すべての被災者の生活と生業の再建に最後まで責任を果たす政治が求められています。当然、原発再稼働など論外です。決意を新たにした3・11です。