今回の総選挙、日本共産党の獲得議席は12議席。選挙前の21議席から大きく減らす結果になりましたが、過去の「自民か民主か」という二大政党制の嵐の中での後退とはまったく意味合いが違うものだと思います。


民進党の希望の党への合流という、市民と野党の共闘への大きな逆流が持ち込まれたもとでも日本共産党は誠実にこの路線を追求しました。市民の声の後押しで立憲民主党が誕生し、結果的にこの党が大きく躍進したことは安倍政権の暴走政治ストップのために重要な意味を持つことになりました。千葉県では日本共産党が独自候補を取り下げた3つの選挙区のうち2つで、比例復活により立憲民主党の候補者の当選をかちとることができました。


どんな情勢、政党の組み合わせのもとでも前進できる党をつくることは最大の課題ですが、今後に繋がる大きな道を切り開いた選挙だったことは確かです。


投票日から一夜開けた今日は、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟(国賠同盟)の関東ブロック会議。千葉市支部長として事務局長兼県同盟会長の小松実前県議らとともに参加しました。


会議では日本共産党の山添拓参院議員の挨拶や各県からの報告とあわせて、山田朗明治大学教授が「国民にとっての明治150年とは」をテーマに講演しました。


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講演する山田朗・明治大学教授

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挨拶する山添拓参院議員


来年は明治維新から150年。小説「坂の上の雲」に代表されるように、明治時代を日本社会の輝かしい発展期ととらえる歴史の見方が一般にありますが、決してそんな見方で理解できるものではありません。


安倍首相は戦後70年の「安倍談話」で、日露戦争について「植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました」と評しましたが、日露戦争は日本を含む各国の利害が絡み合って起こった戦争でした。ロシアとの国力に圧倒的な差があった戦争に日本が勝利できたのは、「日本海海戦」などの奇跡的な勝利が要因だったわけではありません。


当時日本にあった戦艦6隻はすべてイギリス製、砲弾も石炭もすべてイギリスから購入していました。どんなに国民に重税を課しても賄えない国家予算6年分にも上る戦費のうち4割は外国からの借金でした。英米が日本国債を買い、日本がそのお金で武器・弾薬を買うことで成り立っていたのが実態です。英米の狙いは朝鮮半島や中国の権益でした。


国民が日露戦争の本当の姿を知らないまま、日本の何倍もの国力を持つロシアに勝ったことが不幸な成功体験になり、その後の太平洋戦争につながっていきます。日米開戦時、アメリカとのGDPの差は12倍、鉄砲生産力も12倍でした。普通ならとても戦えないと躊躇するところを「日露戦争の時もそうだったじゃないか」と突き進んでいきました。


当時もマスコミなどを使ってさんざん振りまかれたのが「ロシア脅威論」でした。イギリスとロシアが激しく対立していたなかで日本はイギリスを通じてしか世界の情報を得ていなかったため、ロシアの脅威が煽られ、そのうち政治家がロシアの脅威に対抗して「朝鮮半島先取論」を唱えるようになりました。国内では「大逆事件」など戦争に反対する声が厳しく弾圧されるようになり、ついに韓国併合にまで進んでいくのです。


歴史を繰り返すわけにはいきません。そのためにも過去の日本の歴史をしっかりと学ぶことが必要です。憲法改悪に反対するたたかいにも大いに生きる講演でした。