「その時、歴史が動いた」


7月7日、国連で史上初めて核兵器禁止条約が採択され、核兵器廃絶への歴史的な一歩を踏み出しました。今日の午前中はその核兵器禁止条約を採択した国連会議の報告集会でした。


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笠井亮衆院議員


報告したのは日本の政党として唯一会議に参加した日本共産党の笠井亮衆院議員。自身も被爆2世であり、世界50ヵ国以上を訪問してきたという笠井さんにとっても、今回の会議は特別なものだったそうです。


全会一致になるか投票になるかなど実は採択直前までどうなるかわからず、結果として投票となり122ヵ国という圧倒的多数の賛成で採択されましたが、採択の瞬間は割れんばかりの拍手と歓声が湧きおこったといいます。採択後も各国代表が短いスピーチを行い、最後にカナダ在住の被爆者・サーロー節子さんが、「この日を70年間待ち続けてきた。これは核兵器の終わりの始まり。世界の指導者はこの条約に署名すべき」と力強く訴え、「世界は変わる、変えられる」という確信にあふれる会議になりました。


笠井さんは条約の内容はもちろん、採択の過程も特筆すべきものであり、「民主主義」と「リスペクト」がキーワードとなって徹底して民主的な議論が行われた様子を生き生きと報告しました。条約では核兵器の使用だけでなく「使用の威嚇」=核抑止力も否定され、さらに「(核兵器の使用などを)援助し、奨励し、または勧誘すること」=核の傘に入ることも明確に禁止されました。世界の国々がヒバクシャや市民社会とも力をあわせて、英知を結集してつくりあげた条約だということがよくわかりました。


いわゆる核保有5大国をはじめ、核抑止力に固執する国々は条約への参加を拒否し続けていますが、スペインやスコットランドからは条約への参加を求める動きが起こり、5大国の一つである当のイギリスからも「条約に前向きに対応する必要がある」という声が聞かれるなど、早くも核兵器禁止条約が国際社会で力を発揮しつつあることもリアルに報告されました。


条約は9月20日から各国の署名が始まり、条約の批准国が50ヵ国に達してから90日後に発効します。発効から1年後に最初の締約国会議が開かれ、その後は2年ごとに開催。さらに発効から5年後には条約の再検討会議も行われます。


いよいよ重要なのは唯一の戦争被爆国・日本の姿勢です。笠井さんは「筆舌に尽くしがたい被爆の惨害から憲法9条を創設した歴史の原点に立てば、日本こそ核兵器禁止条約発効の先頭に立つべき。あくまで署名しないという立場を変えず、逆に憲法9条を変えようという安倍政権こそ退陣させなければならない」と力を込めました。ヒバクシャ国際署名を力に今度は日本の政治を動かす時です。


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国連会議に参加した青年たち


集会では国連会議に千葉県から参加した2人の青年からも報告がありました。2人とも共通して話していたのは徹底して民主的な議論が行われた国連会議と日本の国会との落差です。それでも「各国の市民代表の人たちを見て自分も負けられないなと感じた」「核保有国や同盟国に条約への参加をさせるためにも日本の運動が決定的に大事」という発言に励まされました。


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児玉三智子さん


千葉県原爆被爆者友愛会の事務局長で日本被団協事務局次長でもある児玉三智子さんからも、「日本被団協が1956年に発足してから61年、証言活動をするなかでも『本当に核兵器をなくすことができると思っているのか』と言われたこともあったが、ようやく7月7日を迎えることができた。でもこれからです。日本政府に条約への署名を求めましょう」と力強い訴えがありました。


世界ではいま本当に大きな変化が起こっています。アメリカに付き従い、後ろから見ているだけではこうした世界の姿は見えません。日本が変われば核兵器廃絶への扉は開かれます。私たち一人ひとりが動けば変わる、そのことを確信する報告集会でした。


午後からはさっそくヒバクシャ国際署名を持って花園、西小中台など地域を訪問しました。署名の訴えにも力が入りました。