被爆71年の今年も核兵器廃絶を求め、国民平和大行進が始まっています。今日は幕張・検見川の網の目コースでしたが残念ながら行進そのものは悪天候を考慮して中止に。千葉健生病院友の会会議室で行われた事前学習会で、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)事務局次長の児玉三智子さんから被爆体験をお話ししていただきました。


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国民学校2年生の時に広島で被爆した児玉さん。被爆70年だった昨年は地元の市川市などで多くの学校から講演の依頼があったそうです。14クラスある学校で、一クラスずつすべてお話ししてまわったこともありました。県内でも平和事業として広島・長崎に子どもたちを派遣する取り組みを行なっている自治体があります。こうした取り組みはぜひ推進していきたい。


もともとは爆心地のすぐ近くの学校に通っていましたが、建物疎開で郊外へ引っ越しました。もしそのまま元の学校に通っていたら「今頃ここにはいない」と言います。爆心地近くの本川小学校では400人いた生徒のうち生き残ったのはわずか3人でした。


8月6日の8時15分、強烈な閃光と爆風に襲われ、そこからはまさに今日に至るまで筆舌に尽くせない苦しみの連続でした。5年前には最愛の娘さんをガンで亡くすというこれ以上ない悲しみを味わいました。


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中村きみえ市議に続いて私も最後に決意を発言しました。「私が生きているうちに、せめて核兵器廃絶の道筋がついたというところまで見たい」という児玉さんの願いは、すべての被爆者のみなさんの悲願です。この願いに何としてもこたえたいと決意を新たにしました。


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朝は久しぶりにさつきが丘の朝市宣伝でもりた真弓市議とともに訴え。若い女性が「浅野さん、惜しかったですね。私も投票しました」と話しかけてくれたのには驚きました。この悔しさをバネに次のたたかいへ。「東京にお知り合いがいる方は鳥越俊太郎さんへのご支持を」と都知事選挙の支援も訴えました。